FC東京ユース

2009年6月19日 (金)

ユースのナオ

武蔵野苑の入口を入ってすぐ、左手のトイレから倉又寿雄監督が出てきた。人工芝グランドでは、両チームの選手たちがアップを開始していた。FC東京と大宮アルディージャの一戦。2009年版U-18を観戦するのは2月以来久々だ。前回は新チーム結成まもない時期という事もあり、正直なところチグハグな印象しか残らなかったのだが…あれから4ヶ月。今年も倉又さんの息子たちは、東京ユースは強いぞ。そう思わせてくれる圧勝劇だった。

なにぶん素人ですから。相手との力関係など色々と分析材料はあるのでしょうが、そんなものは正直わかりません。でもね…7対1というスコアを突きつけられると、諸手を挙げて参りましたと言わざるを得ないわけです。ゴール真裏のベンチに座って観る。近くにはノートにメモを取りながら見守る男性。蛇の道は蛇じゃとばかりに、色々と教えて頂く。まず背番号と名前を一致させる作業。去年のチームでも出場していた選手は憶えやすい。

22番の印象が強い重松健太郎クンは、今年は10番を背負う。FKやCKも担当するまさに攻撃の大黒柱である。安易に笑わなさそうな面構えが、男性視点で格好良い。怪我でコンディションを崩していたそうだが、前半だけでハットトリックを決めたあの動きは、いったい何割程度の回復ぶりなのだろう?18番はユースもナオなんですよ。そんな一撃必殺の暗記法を伝授して頂いた、まさにその直後。その山崎直之クン、中央突破からのズドン!

ユースのナオも絶好調。真後ろから目撃したため正確な距離はわからないが、30メートル以上はあったのではないか。決してゴールの隅を狙ったわけでなく、ど真ん中に剛速球を投げて三振を奪う、圧巻のバズーカショットだった。もうアレを観られただけで、お釣がくる(観戦無料だけど…おひねりを投げたい気分であった)。昨年のパブロこと山崎侑輝クン(鹿屋体育大学で1年生にして右SBで先発出場を果たす)に続くアイドル候補だ。

90分を通じて一番印象に残ったのは左SB。小さな背中に大きく映える背番号3。広々とした草原で、首輪に繋がれたリードを外してもらったワンコロのように、とにかく元気に駆け回る。背丈はないがフィジカルも強く、ガシガシ身体をぶつけて勝負を挑む。事情通には『何をいまさら』だろうが、改めて期待高まる噂のダイナモ・阿部巧クン。一人でも多くがトップチーム昇格を果たしてくれる事に期待しつつ、今年もユースを見守りたい。

ちなみに24番もシンゴ(前岡信吾クン)だったりする。狙っているのか?…わけないか。

「東京U-18の10番」 Photo by Flying Micchie
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2009年2月 8日 (日)

寂しい週末

妻と子が家を出ていった。

スキャンダラスな展開を期待した方には申し訳ないが、まぁ、その、単なる海外旅行である。神戸遠征、そしてグアム旅行はある意味で予行練習だったわけだ。今野泰幸のイタリア、梶山陽平のイギリス、大竹洋平のスペイン。中長期的に思い描く未来へ備えて、欧州へ…って、その思い切りのよさには相変わらず感心させられる。産休期間最後のチャンス、アジアへ越えて一路ヨーロッパへ。一気に二階級特進、トマソンラーションな12時間ロングフライトだ。

成田エクスプレスへ乗り換える改札口まで見送る。小憎らしいほど自然体でエレベーターへ消えてゆく奥様、そして小僧…否、愛しのヒマワリ君。なんとも身勝手なもので、テメーが出張にでかけたりするのは平気なクセに、いざ自分ひとりだけ取り残されると無性に寂しくなる34歳。入場券代をケチる事なく、素直にプラットホームまで見送ればよかったと後悔しながら、僕はズルズルと踵を返す。まるで定年退職したオッサンのような空虚感を背負いながら。

久々の「独身生活」思いきり楽しみゃいいじゃん!言葉で表現するのは簡単だけども、気持ちが追いついてこないのよね…そんなこんなで地下鉄を乗り継ぎ、駒沢大学へ。運動不足を少しでも解消するためにジョギングしながら駒沢オリンピックなんたら競技場へ…駅から走ったらわずか5分ちょっと。せっかくその気で走っているのだからもう少し遠かったらよかったのに。その思いに応えるが如く、スタジアムへの入口がなかなか見つからない日曜午前11時。

一度だけ訪れた事がある。あまり多くは憶えていないけど、かつてジャーンがヘディングシュートを決めたような気がする駒沢(本当に調べないまま書いているので間違っていたらPleaseスルー)。階段下の「だれでもトイレ」で用を足していると、扉の向こうから『ウオオッ』と力強い雄叫びが聞こえてきた。手も洗わずに扉を開けると(洗えよ)、すぐ眼前にピッチへ入場する22人の青赤と、緑。U-17クラブユースの東京都大会、その3位決定戦のスタート。

厳しく言わせてもらうと、東京に存在するJクラブの下部組織がいずれも準決勝で敗れた、少し情けない経緯あっての東京ダービー第一章。第二章はあるのかな…トップチームでは天皇杯を含めておそらく実現しないだろうから、ユースとはいえ青赤と緑のイデオロギー闘争を目撃できるのは貴重である(と書いている自身にあまり気持ちがこもっていないのが寂しい)。世代交代の冬、大きな背番号が目立つ青赤、相変わらず濃い緑地に見えにくい金の背番号。

好天も強風、いわゆるゴールキックが上空でピタリと止まるコンディション。試合開始からしばらく、村林社長が到着。日のあたらないメインスタンド、とにかく寒い。凍える客席が試合内容で熱くなってくれたらよかったのだが。ユースとてシーズンとシーズンの端境期、チームの主軸を占めていた最上学年プレイヤーが抜けてまもなく、チームとしての熟成は期待するだけ難しい。守ってカウンター中心、ブツ切りコマ切れのサッカーがひたすら展開された。

ヴェルディを下しウノ・ゼロの勝利。試合内容についてはあまり書かない、あまり書けない。阿部巧クンが魅せた左サイドの突破、三田尚央クンの「バコーン!」FK。あまりの寒さにコートの下へ青赤アディダスを着込んだ村林社長が、隣席のスタッフに選手の名前を確認するシーン…ところどころに光源は見出せたものの、11人でプレーする意味あい=連動性はさほど感じる事ができなかった、けど、さぁ、ここから!彼らはどこまで大きな炎へ育つだろう。

餃子といえば宇都宮が有名だが、この日は荻窪で美味いニラ餃子を頬張り、帰宅。朝めくりあげたままのベビーベッドの布団、テーブルには作りおきのおにぎりとキュウリの漬物。いるべき人がいない寂しさ、しかしそれは家族のありがたみを再認識させてくれる。ありがたいもののありがたさを忘れそうになりながら、ズルズルと日常に流され気味の僕にとっては良い「研修」になりそうだ。たまには「距離」をおく事も大切なのよね、愛だの恋だのってのは。

プレシーズン開幕、小平に集結した1300名。
恋い焦がれてこそ、さらに燃えあがる情熱。

何回寝て起きて、何回笑って泣いて、何回おっぱいを飲んで、何回おむつを換えた事だろう。酔いも手伝って、僕はベビーベッドの小さな枕へ顔を埋める。ほのかに香るミルクの匂い…うん、やはり寂しい。たった一週間の別れといえど、寂しいものは寂しい。飛行機はまだ空の上。客観的に見守ると、やはり世界は広いと思う。妙な観点から日本代表「欧州組」に対する尊敬の念を深めつつ、僕は眠りにつく。そして、あの子たちよりも数時間早い朝を迎える。

2008年02月03日付
現在の青赤指数=65(→)
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20絶望
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30暗鬱
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40不安
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50平常
■■■■■■■■■■60希望
■■■■■□□□□□70幸福
□□□□□□□□□□80歓喜
□□□□□□□□□□90熱狂
□□□□□□□□□□99絶頂

◎深夜にジョーさんブログで大笑い

「練馬区にあります」
214_toshimaen

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2008年12月17日 (水)

Someday(後篇)

※「Someday(前篇)」よりつづく

『いやあ、あのタイミングで撃つかねって感じでさ』カメラマンの補助をしていたJリーグ(またはメディア)の関係者と思しきスタッフが同じ色のビブスを着た仲間に語っていた。そのシーン、つまりルーベンのゴールを見逃した同僚に状況を説明しているのだった。『あの場所で迷わず撃てるのは…ちょっと違うよね』こんな台詞だったか。まるで自分の息子を自慢しているような笑顔が印象的だった。目の肥えた人をも思わず唸らせる、それほど突発的で驚きに満ちたミドルシュートだった。そして僕は2点目のループシュートを見逃してしまう。

ニックネームは憶えた。しかし今度はそこから本名を導く「逆検索」ができなくなっていたのだ。数百円の価値はあろうかと思われたメンバー表に目を落とし「山村佑樹」を確認していたその刹那、再び周囲の青赤がドッと沸いた。わずか1分後に追加点、ループだの芸術だのスゲーだの多種多様な賛辞が一度に耳へ飛び込んでくる。歓声の中心に位置していたのは背番号10。飛躍的に知名度を上げた妹さんに負けじと岩渕良太クンが…えーっと。見逃したから何も書けないのである。誠に遺憾ながらここは公式ホームページの「寸評」から引用したい。

『岩渕が中央で大貫とのワンツーからの戻しのボールを、ダイレクトでループシュート。相手GKのポジショニングをよく見ていた技ありのゴール』もう溜息が止まらない。文字にするだけで美しいではないか。無念なり…わざわざ深川まで足を運んで僕はコレを見逃したのだ。『凄かったですか?凄かったですか!嗚呼、僕も見たかったなぁ』まるで思春期のピークを迎えた男子たちが、ちょっと早熟な先輩を囲んで交わす会話のようである。リプレイはない。そもそもビジョンがない。しばしの間、僕はバスコ・ダ・ガマな大後悔時代に突入していた。

さて、僕が勝手に「お気に入りフォルダ」に登録してしまったパブロこと山崎侑輝クンだったが、残念ながらこの日はほとんど姿を追う事ができなかった。決して彼のプレーに問題があったわけではない。僕が観戦していた場所があまりにもピッチに近く、そして高さがなかったからだ。この状況で試合を見守ると、前半は右サイドにボールが振られるといくら首を伸ばしても何も見えなくなってしまう。後半は言わずもがな、彼が走り回るのは地平線の先のエリアになる。それでもパブロは相手GKが弾いたボールに飛びつき見事3点目をもぎ取った。

前半終了直前に1点返される。俄然盛り上がる対戦相手の様子に、3年生はこの試合に敗れたら最後の試合になるという「舞台設定」を再認識させられる。2点差という少し甘酸っぱいスコアで後半へ突入。消えかけていた希望が再燃した京都U-18にとって、ルーベンの一撃はこの上なく痛かっただろう。『兄さんたちとは違うのよ』と言わんばかりの冷静さでズドン。先程は左、今度は右。山村佑樹クン、いったい彼の利き足はどちらなのだ?調べてもいないけど、これもストライカーに対する賛辞の一種だと思うから、そのまま書き残しておきたい。

2得点した藤原広太朗クン、キャプテン・畑尾大翔クンのCBコンビについて。完封できなかった事は反省点かもしれぬが、積極的なプレスをみせた京都U-18に対して、最終ラインの彼らは非常に落ちついて対応していた。いわゆる追い込まれて/苦しまぎれのロングフィードに頼るシーンが皆無だったのだ。それを可能としたのは左右で釣瓶の動きを繰り返したボランチ、三田啓貴クンと大貫彰悟クンの存在によるところが大きい。一方が上がれば他方が下がり。常に斜めの位置取りで攻守を繋ぐ両名のプレーはドイスボランチのお手本のようだった。

やはり大学に進学するなどの理由で昇格が見送られたケースもあったのですかね?クラブの関係者に問うた事がある。『そういうのもないですね』明答を避けられるかと予想していたので、こんな直球の回答に戸惑ったものだ。夏のユース選手権(adidas CUP)で全国優勝を遂げたメンバーでもトップチームへの昇格ゼロという現実。その一方でクラブは新加入選手としてふたりの高校生の獲得を発表している。誤解のなきよう…決して批判しているわけではない。ユースの選手たちが志す夢、その頂の厳しさを表す事実の一片として述べているだけだ。

それぞれの進路、それぞれの未来。巡りめぐってトップチームにたどり着いた阿部伸行の事例もある。人生何が起きるわからないから楽しいのだ(何が起きるかわかったほうが楽しい場合もあるけど)。トイレを借りたコンビニを出たところで青赤なオッサン仲間ふたりが喫煙するのを見守る。そんなところで迫井コーチに遭遇。一目でわかるパンパンのジーンズ、細身の上半身から想像もつかない巨大な臀部と極太の脚部を目で追った。前回は彼がまだ現役選手だった頃の味スタだったから…いったい何年ぶりに会ったのだろう、そんな感慨にふける。

別離も再会への一里塚。だからいつかまた、ね。

おいおいオッサン、感傷的になっている暇はありませんよ。U-18「畑尾世代」の選手たちは12月27日の決勝戦(長居)を目指して引き続き戦いに臨みます。次なる試合は12月20日土曜午前11時にキックオフ。つまり天皇杯準々決勝と重なってしまうのであります。仙台に行けないファンの方、または仙台に行こうとしたけど寝坊してしまったファンの方、是非ともNACK5スタジアム大宮に足を運んで応援してあげて下さい。僕は…えーっと、スミマセン!仙台に行かせて頂きます。それでも魂の一部は大宮駅のホームにちぎってポイしておきますので。

頼むよ畑尾クン、年末に無駄な出費させてくれ!

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Someday(前篇)

発熱とも頭痛とも無縁。しかし咳(せき)だけがどうも止まらない。「麦門冬湯」という銘柄の漢方薬を服用するもなかなか即効性はなく、定期的にゲホゲホと咳き込んでいる。会社の診療所で内科の診察と一緒にインフルエンザの予防接種の申し込みをしたら『貴方アホですか?』という表情で却下された。体調不良時に予防接種なんて愚の骨頂であると、渡された注意書きには書いてあった。というわけで依然、僕の体内にはワクチンが注射されていない。僕以外の全員が予防接種をしてくれたらと思う。そうすれば僕が注射をする必要がなくなる。

よりによって夜、布団に入ってから咳がひどくなる。マスクをして枕に顔を埋め必死になって騒音軽減に努めるが物事には限界がある。ゴフッ!ボフッ!という重厚な空気音のせいで寝静まったはずのヒマワリ君が目を醒ましてしまう。泣き出した愛息の姿に奥様はストレスを蓄積させ、やがて行動に出る。むくりと起きあがりベッドの下からごそごそと。オフに入っていた夏物の掛け布団と毛布を再び招集し、厳しい表情で僕に期限付き移籍を勧告する。非情の決断だがそこに反論の余地はなく、僕はズルズルそれらを引きずって隣の部屋へ移動した。

荷物置き代わりになっていたシングルベッドに現役復帰してもらって、僕はまだ冷たい布団の中で寂しく身体を丸める。もう明け方かと思っていたら、日付が変わったばかりだった。時間を確認するために手に取った携帯電話だったが、しばらく眠れそうもないのでそのまま暇つぶしに作文なんぞしてみたり…というわけで長々と書き散らかしたのがここまでの流れだ。ただでさえ低い稼働率が風邪のせいでさらに悪化し、どうにもこうにもすべてが嫌になる。年末のこの時期、こういった倦怠感が一番よろしくない。忘年会のピークが先週でよかった。

その「先週」を回顧する。

最近一週間に渡って「千葉」で感じた事を延々と(マゾヒスティックに)書き記してきたが、歴史的な瞬間に立ち会ったという自虐的な満足感以外は何も残っていない。通過点にせねばならない一戦をものの見事にドラマへ仕立ててしまった悔しさを今後の糧にしよう。時計の針を先週土曜に戻す。まるでお気に入りの娘に遭遇してしまったクラブへ通うオヤジのように、最近の僕は足しげく深川へ通っている。しょうが焼き、サッカースクール、そしてユースカップ。3週連続3回目の住吉駅。コンビニや自動販売機の位置まで完璧に頭に入っていた。

FC東京U-18の選手たちにとって最後の晴れ舞台。魔法瓶メーカーとのスポンサード契約が切れたためにシンプルに「Jユースカップ」と銘打たれた大会の決勝トーナメント2回戦、対戦相手は京都サンガU-18。試合開始20分前に現地へ到着したのだが、メインスタンドの“優良席”はすべて埋まっていた。反対側、つまりバックスタンド側(スタンドはないけれど)のピッチ脇でも観戦可能という案内が出ていたため、早々にそちらへ移動する。そこに広がるは驚くばかりの紫色。西の都から選手の家族・サポーターが多数詰め掛けていたのに驚いた。

もちろん過半数は青赤が占めている。腰掛けたり上に乗ったりできる“石段”の周囲は完全に制圧されていたため、僕はセンターライン付近に設置されていた大型カメラの脇にチョコンと陣取った。やがて両チームのメンバーや予想フォーメーションが印刷された紙を手渡される。どうやらその女性がボランタリーに作成・配布してくれているらしい。しかも単なるメンバー表ではなく、選手個々のニックネームまで記された逸品だったりする。こういう人々の草の根的な支えもあり、東京の未来を担う「可能性」が育つ。本当に素晴らしい事だと思う。

結果的に6点を奪うゴールショーとなったこの試合だったが、大味な印象を与えなかったのは序盤から激しいプレスにあいなかなか先制点を奪えなかった事と、点差が開いた後もあきらめずに戦い続けた京都U-18の選手たち(そして応援者たち)の頑張りによるものだった。東京U-18は随所に組織としての力の差をみせつけ、無料観戦できる事がありがたく思えるほど流動性に満ちたパスのつなぎを披露してくれた。均衡を破ったのは山村佑樹クン。背番号9がルーベンと呼ばれているのは夏期講習で予習済みである。そのルーベンが放った見事な一発。

※「Someday(後篇)」へつづく…ゲホゲホッ

【diet diary】 W 79.6kg F 21.9%
早くジムに復帰したい(ゴホゴホ)

2008年12月17日付
現在の青赤指数=64(→)
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20絶望
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30暗鬱
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40不安
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50平常
■■■■■■■■■■60希望
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□□□□□□□□□□80歓喜
□□□□□□□□□□90熱狂
□□□□□□□□□□99絶頂

◎FC東京ホクトライン

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2008年10月13日 (月)

高尾に始まり畑尾に終わる一日(後篇)

[前回までのあらすじ]
練馬区に住んでいる以上、酒に酔ったら中央線にだけは乗ってはならない事を再認識する。丸ノ内線ならどれだけ寝過ごしても荻窪どまり、中野坂上で大江戸線に乗り換えられたらあとはいくら眠りこけても大丈夫だからだ(もっとも光が丘から奇跡のUターンを果たし新御徒町まで運ばれた事もある)。

ただいま、おはよう、おやすみ。駅前のコンビニで購入したスポーツ新聞を開く事なく、ベッドに入って目を閉じた。どうやらジャイアンツが優勝したらしい、それもエースと4番を引き抜いた相手の本拠地で胴上げするというこれ以上なく悪趣味な結末だったようだ。プロフェッショナルの世界である以上、やはりカネのあるチームが強くなるものなのかねぇ…その莫大なる読売資金のほんの一部でもサッカーのほうに流れたらいいのに…とは別に思わないけれど。

この日、奥様は午後から青山で所用。渡りに船とばかりに効率的な別行動を提案したのは僕だった。『家で留守番しておいたほうがいいんじゃないの?』いえいえ大丈夫です、大丈夫ですから。ウコンよありがとう…笑顔で快復をアピールした僕は国立競技場駅で地下鉄を降りる。地下深いホームからエレベーターを2回乗り継ぐともう「聖地」の目の前。千駄ヶ谷門のスロープでベビーカーを押すのも一苦労、こういうのもわが子の成長を感じる瞬間だったりする。

ハーフタイム、ミルクを飲んだヒマワリ君を抱っこしてコンコースをウロチョロしていたとき、売店で購入したドリンクを飲みながら歩く三田啓貴クンと重松健太郎クンに遭遇。木曜に夢の島で見たばかりだ、そのくらいは僕にだって判別できる、できます、できますとも…嘘、彼らとわかったのは背番号のおかげだった。14番と22番、累積警告で試合に出場できない選手たちも正装、つまり青赤の戦闘服を着用していたのだ。それにしても重松クン、眼光が鋭い。

このふたりを含め不在の選手たちの影響を推し量る事はできない。そこまでこの世代の選手たちを見続けてきたわけではないし(小声で)そこまでサッカーというものを理解してみているわけではないからだ。胸を張って無知を誇る趣味はない、書きたかったのは不運が重なった末の敗戦ではなかったという事。残念ながらあのオフサイドはオフサイドだったし、高さで勝る名古屋に終始押されていた印象は否めない。高円宮杯、FC東京U-18は準決勝で敗退した。

最後の数分間、CBを務める長身の彼はずっと前線に上がり続けていた。なりふり構わぬパワープレーも実らず、絵に描いたようなカウンターから試合終了間際に致命的な2点目を奪われる。まさに壮絶な最期ともいうべき結末だった…それでも試合は終わらない。無慈悲な数十秒を経て、ようやく試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。選手たちは崩れ落ち、キャプテンは人目をはばからず泣いた…大きな身体をこれ以上なく小さく丸めて苦痛に耐えていた。

残念ながら今期はユースからトップへと昇格する選手はいないようだ。
メディアを通じてその事が確定事項のように報じられるようになった。

だからこそ畑尾大翔クンについて書き残しておきたい。34歳のオッサンが書く表現としてはおおよそ適当でない事は承知しているものの…その背中にはなんとも言えない男の色気を感じた。数あまたいるプロアスリートでも選ばれし者だけが漂わす事のできる“雰囲気”をすでに体得しているように映った。2008年のFC東京、トップチームを含めて誰よりもキャプテンマークが似合う男。はたして彼は表彰式が終わっても泣き続けていた…おい、いつまで泣く?

三冠の夢はついえた…でもすべてが終わったわけではないじゃないか。

2008年10月11日付
現在の青赤指数=59(→)
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20絶望
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30暗鬱
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40不安
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50平常
■■■■■■■■■□60希望
□□□□□□□□□□70幸福
□□□□□□□□□□80歓喜
□□□□□□□□□□90熱狂
□□□□□□□□□□99絶頂

◎浅利&大竹の両名が行方不明であります

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2008年10月12日 (日)

高尾に始まり畑尾に終わる一日(前篇)

金曜の夜、銀座一丁目。
高校時代に同じ釜の飯…同じ学食のカツ丼を食った部活のメンバーで久々に集まった。『太ったなー』と『痩せたなー』が挨拶がわり。お互いの近況を報告し、昔話に花を咲かせる。改札を抜けて右、雀荘、喫茶店、ゲームセンター。数百回、一緒に往復した駅から校門までの情景が鮮やかに蘇る。相変わらず「週刊プロレス」読んでるの?1990年代中頃で時間が止まっている彼らは、僕がサッカーにうつつを抜かしている現状をすんなり受け入れる事ができない様子だった。

好調なペースで芋焼酎「明るい農村」のボトルを3本空けた同窓会は、舞台を有楽町のガード下に移してセカンドステージの開幕。妙に外国人の客が多い居酒屋だった。丸太のような腕をしたニュージーランド人の兄ちゃんとおおいに盛り上がってしまい、特大サイズのジョッキに注がれたビールをゴキュンゴキュンと飲んでしまったのは、あまりにも向こう見ずな“高校生のノリ”だったか(僕たちが高校生の頃はまだ飲酒が禁じられていなかった…ような憶えがある)。

蘇った記憶と引き換えに失った記憶。
やがて目を醒ました僕は高尾にいた。

重いジョッキを木製のテーブルに置いたときの「ゴツン」の次に聞こえてきたのは、終着駅にたどり着いた列車が営業終了を告げる「プシュ」という空気音だった。中央線、西の果て。新宿で乗り換えるべきだった僕は熟睡の末に偉大なる自己新記録の樹立を果たした(これまでの最長記録は「八王子」だった)。深夜1時半、ひんやりとした空気と虫の声がもの寂しさを助長する。お隣の八王子と違って高尾の駅前は閑散としていた。ベンチで横になったが寒くて眠れない。

始発まで3時間、さてどうしよう。タクシー?とんでもない。そんなお金があればビッグフレームスにあと3口加入する(4口いけるか?)。高尾駅北口から徒歩30秒、左にファミリーマート、右にセブンイレブン。しかたなく雑誌を立ち読みしながら時間をつぶす事にする。あまり面白くない雑誌からまったく面白くない雑誌までざっと目を通した後、ふと思い出す。たしか、そろそろ発売されているはずだ。僕は普段見向きもしないファッション誌の棚に目をやった。

『MEN'S NON-NO』11月号。ずっしり重量感のある雑誌を手にとり、ふと昨夜のジョッキを思い出す。《冬イチ★アウター、大本命!!》《目覚めよ! 100人のジーンズ愛!!》《やっと逢えたね、運命のブーツ!!》ジーンズにブーツに愛だの運命だの…なにかと大袈裟だ。女性でも通じる流麗なルックス、中性的な顔をしたモデルたちがグラビアを飾っている。隅から隅までイケメンパラダイス、ページをめくりながら僕は不安を憶える。これでは完全に“アウェー”じゃないか。

なぁ…大丈夫か、長友?

不慣れな雑誌だけあって、目次がどこにあるのかすらわからない。時間だけはたっぷりあるのでゆっくり長友佑都を探し出す事にした。見開き両メージを独占し、多種多様なコスチュームで着飾ったゴリラが笑顔をふりまく。そしてその長友が身につけたシャツ、パンツ、ジャケット、値段を確認するといずれもとてもじゃないが手を出せない高額なブランド品。選手掲載誌発売のお知らせ…僕がイメージしていた「ナガトモ in メンズノンノ」はこのようなアングルだった。

それから5分以上かかった挙句、ようやくそのページにたどり着く。ガクン…決まり手は肩すかし。見事に1ページを独占していたものの、長友が登場していたのはジーンズともブーツとも無縁のコラム企画ページだった。日本代表、そしてFC東京といったキーワードがしっかり記載されている事はよかったものの、それはあくまでも「プロサッカー選手の期待株を紹介する」という想像の範疇を超える事のない内容なのであった。なるほどね、こういう事だったのか。

ファッション誌の壁は高い。こいつを乗り越える事ができるのは、もはや椋原健太しかいないのかもしれない。ぼんやりした頭でそんな事を考えながら始発列車に乗り込んだ。国立競技場でU-18高円宮杯の準決勝が行われる大切な一日のはじまり、もうすぐ夜が明ける。コンビニで購入した菓子パンとコーヒー牛乳に手をつける事なく、僕はふたたび眠りに落ちた。次に目を醒ますと千駄ヶ谷だったというのは嘘みたいな本当の話である。

※高尾に始まり畑尾に終わる一日(後篇)へつづく

2008年10月10日付
現在の青赤指数=59(→)
■■■■■■■■■■10発狂
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20絶望
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30暗鬱
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40不安
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50平常
■■■■■■■■■□60希望
□□□□□□□□□□70幸福
□□□□□□□□□□80歓喜
□□□□□□□□□□90熱狂
□□□□□□□□□□99絶頂

◎日立台にも行きたかったけれど

「ここもFC西東京」
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2008年9月 9日 (火)

山崎侑輝、迸る(後篇)

収容人数が1万人に満たない専用スタジアムでサッカーに触れるのはとても心地良い。西が丘には西が丘にしかない良さがあり、ここでは巨大なスタジアムでは聞こえてこない音が聞こえてくる。少人数ながら精力的な応援を続けるガンバ大阪のゴール裏から、トップチームと同じチャントが披露されていた。聞き覚えのあるリズムにも実はそれぞれ立派な“歌詞”が添えられている事実を再認識する。その中でどうしても『たこ八郎♪たこ八郎♪』にしか聞こえないフレーズがあり、僕の心を激しくかき乱した。たこ八郎のわけがない、いったい彼らはなんと歌っているのだ?気にすればするほど深みにハマる空耳地獄、結局この問題は解決されぬまま今後の要調査事項として持ち越される事になった。

メインスタンドで座ったまま観戦していたため“ご近所さん”の声もまた拾いやすかった。審判の裁定に抗議するヒステリックな金切り声、そいつを聞いてあからさまな不快感を訴える声。なるほど野次やブーイングはご法度、高校生という年齢層を考えると教育的側面も重視すべきといったところか。昨年暮れに下田光平“クン”の試合を三ツ沢で観戦した際、PK戦の場面においてひとりゴール裏で大きな旗を振り回しながら秋田商の「妨害行為」に及んだ愚者がいたのを思い出した。ユースにはユースの流儀というものがあり、トップチームの試合とはまた違った「観客論」に基づいたマナーが求められるのだろう。

後半に入ると運動量に優るFC東京が徐々に攻勢に転じ、ピッチもスタンドも徐々にヒートアップしてゆく。あまりの暑さに干からびそうになりながら、僕はパンフの開閉を繰り返した。
なんの予備知識ももたぬまま東京スタジアムへ飛び込んだあの夜もそうだった。真っ白な気持ちでピッチを眺めた僕はやがてひとりの選手を発見する。明らかにボリューム過多の髪型、限りなく金髪にちかい茶髪。“チャラチャラした兄ちゃん”への第一印象は決して好意的なものではなかったが、草原を駆けぬけるカモシカのようなリズムで右サイドを疾走する彼に魅せられるのには多くの時間を要さなかった。
足を痙攣させる選手が続出したガンバに対して、スタミナを十分に残したドリブラーの投入はことさら効果的だったか。一度のプレーで3人の相手に囲まれながら各々を2回ずつかわす、延べ6人抜きとでも呼びたくなる曲芸まで披露してくれた小さな英雄。僕は秘かにこの日の背番号8にあの日の背番号36を重ねあわせていた。

交代出場を果たすも残念ながら負傷退場となってしまった山村佑樹クンであったが、限られた出場時間で同点ゴールを奪った事でかえって「9番」としての存在感を印象づけるかたちとなった。そして噂されていた積極的な攻撃参加を自制していた(?)左SB阿部巧クンがいつのまにかスルスルと前線へ侵入、わが愛しの(おいおいもう愛しちゃってるのかい)山崎侑輝クンが放り込んだクロスがゴール前でごちゃごちゃごちゃとなった後、こぼれ出てきたボールを叩き込んで見事に逆転…このとおり正直なところ細かい事はあまり憶えていない。
久々に目撃した倉又トーキョーは選手ひとりひとりが最後まで前を向いて走り続ける気持ちの強いチームという印象を抱いた。給水タイムが設けられている事が唯一の差異点だろうか。ユースであれトップであれ、ピッチの広さもボールの大きさもプレータイムの長さも同じ。そして2点目を奪う事が勝利を引き寄せる最良のメソッドであるという基本定理を“弟たち”が見事に証明してくれた。

きれいに整列して審判団へ挨拶をしていた少年たちに軽く一礼して帰路につく。本当に良いものをみせてもらった。帰りの地下鉄で改めてパンフに目を通す。そして登録選手の多くが4月〜6月生まれである事に気づく…具体的には30人のうち20人がこれに該当した。これはFC東京だけでなく、対戦相手のガンバ大阪にも当てはまるデータだ。少年時代、やはり少しでも早く生まれたほうがアスリート育成の観点では有利なのだろうか。そんな事を考えているうちに新宿へ到着。うん、西が丘は思った以上に近い。15時20分にスタジアムを飛び出た僕は、神保町を経由して16時には新宿駅で家族と落ちあう事ができた。

『第一ステップはクリアだな』
ベビーカーですやすや眠るヒマワリ君を眺めつつ小さくつぶやく。
いつの日か、きっと。そう…彼が生まれたのは間違いなく5月だ。

□Next Match
第19回高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会
FC東京U-18 vs サンフレッチェ広島U-18
日時:9/13(土)13:20 試合開始
会場:西が丘サッカー場

2008年09月09日付
現在の青赤指数=51(→)
■■■■■■■■■■10発狂
■■■■■■■■■■
20絶望
■■■■■■■■■■
30暗鬱
■■■■■■■■■■
40不安
■■■■■■■■■■50平常
□□□□□□□□□60希望
□□□□□□□□□□70幸福
□□□□□□□□□□80歓喜
□□□□□□□□□□90熱狂
□□□□□□□□□□99絶頂

◎13日は西が丘→飛田給の連勝行脚

「給水タイム」
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2008年9月 8日 (月)

山崎侑輝、迸る(前篇)

どっこい夏は終わっていなかった。本蓮沼駅からの道中、強い日差しが首筋をじりじりと焦がす。せっかくだから同じFグループのもうひと試合も見物しようかと思ったが、夜中に睡眠を強制中断してバーレーン戦を見届けた時点で30過ぎのおっちゃんには無理な注文だった。少しの仮眠のつもりが本格的な二度寝になってしまい、西が丘サッカー場に到着したのは結局試合開始直前。

メインスタンドはすでに多くの観客で埋まっており、屋根が作り出した“プレミアム日陰エリア”は空席をみつける事すら難しい状況であった(つまりまぁそれほど暑かったわけだ)。選択の余地なく残暑の洗礼をたっぷり楽しめる座席を確保、ヒリヒリ痛む首筋をタオルマフラーで保護しながら試合を見守った。
数えるほどしかユースの試合を観た事がない僕にとって第19回高円宮杯全日本ユース選手権大会公式パンフレット(以下パンフと記す)は必須の観戦アイテムとなる。入場料と同じく1000円也、そのパンフは約50ページから成るオールカラーの立派な冊子だった。13時20分、メインスタンドからみて右手前のコーナーから両チームの選手が入場。ユニフォームにプリントされた番号と選手たちの名前を一致させるために、パンフの32ページと33ページの間に指を挟んだまま開閉を繰り返す。

ガンバ大阪は良い意味で背番号10を背負う怪物・宇佐見貴史クン(まだ1年生だよ…溜息)が目立たぬほど強力なチームに映った。試合序盤から彼らが僕の眼前、すなわち東京側のエンドに攻め入る時間が長く続いた。やがて素人目にもチーム全体の守備意識が弛緩してきたのが伝わってきた前半終了間際に先制点を喫してしまった。
ハーフタイム、場内には熱中症予防を呼びかけるアナウンスが響き渡る。そんな事言われなくてもとボヤキながら僕はスタンド上方のわずかな日陰に座り込み、体内にミネラルウォーターを流し込んだ。右斜め下には村林社長の頭…否、御姿が確認できた。関係者席でなく、モロに直射日光を浴びてしまうそこに座る社長の姿に一抹の不安がよぎる…ひと一倍熱中症にはケアしなければいけない頭…否、御方なのにと。

後半開始、ここから右サイドに投入された背番号8が僕の視線を独占する事になる。中盤左サイドから右サイドに大きく張り出したヤマ…山崎侑輝クンへ向けて大きなサイドチェンジが通るケースが数回続く。小さな身体を軽やかに動かしながらヤマ…山崎侑輝クンは次から次へとドリブル突破を仕掛ける。これがもう理屈抜きに小気味よく、理屈抜きに素晴らしいのだ。サッカーの専門的な知識はもちあわせていないので、彼の技術が突出しているのか、それともマッチアップしたガンバの選手たちの技量が不足していたのかはわからない。

そんな事はどうでもよかった。とにかく惹かれた。グイグイと引き込まれた。
多いときには3人掛かりで囲みにきた相手を怖れる事なく勝負を挑み続け、そして抜き続けるヤマ… 山崎侑輝クンの姿からは清流を飛び跳ねる若鮎のようなエネルギーが迸っていた。サイドの攻防戦で圧倒され混乱していたのはガンバDF陣だけではなかった。『いいぞ!ヤマ…ヤマ…?』えーっと、あの少年の名前は…ピッチとパンフの間で視線の高速移動を繰り返した僕もまた大混乱に陥っていた。

7 山浦 公裕 ヤマウラ キミヒロ
8 山崎 侑輝 ヤマザキ ユウキ
9 山村 佑樹 ヤマムラ ユウキ

ええい、ややこしい!まさか「ヤマ」が3人も並んでいるとは。事前の予習によれば9番クンにはルーベンという素敵な愛称がついているようだから、この際8番クンはユウキと呼ばせて頂こう。とにかく躍動感あふれるプレーの連続にパンフを確認する時間すらもったいない展開、さぁ頑張れユウちゃん!ところがこのユウちゃんと一緒にガンバの左サイドに攻め込んだ1年生右SBもまたユウちゃんだったりするからもうワケがわからない。

かくして山崎侑輝クンと廣木雄麿クンの右サイドコンビに脳内をズタズタに引き裂かれながら、僕はFC東京U-18の力強い逆転劇を目撃する事となる。思った以上に文字数が嵩んでしまったので、つづきは明日にでも。

2008年09月07日付
現在の青赤指数=51(△)
■■■■■■■■■■10発狂
■■■■■■■■■■
20絶望
■■■■■■■■■■
30暗鬱
■■■■■■■■■■
40不安
■■■■■■■■■■50平常
□□□□□□□□□60希望
□□□□□□□□□□70幸福
□□□□□□□□□□80歓喜
□□□□□□□□□□90熱狂
□□□□□□□□□□99絶頂

◎上昇要因
・西が丘で「ええもん」見させて頂きました(△1)

「頼もしき弟たち」
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