平山道(前篇)
三連休の初日、朝のニュースが渋滞する高速道路の様子を伝えていたはずだったが、都内から自動車の数が減ったとは思えなかった。志村三丁目の交差点を左折して、国道17号を北へ、ひたすら北へ。大型トラックや自家用車が連なる道路脇を、ホワイト・カボレ号で走る。溶けかけたアスファルトからモワッと熱気が立ち上ってくる。暑さと排気ガスのせいか、喉から肺にかけて、うっすらとした不快感の薄膜がまとわりついている気がする。
江戸時代から続く中山道。荒川に架かる戸田橋を越えて彩の国(死語)へ入る。北浦和を過ぎてしばらくの後、「二度栗山」という不思議な名前の交差点に差しかかった。帰宅後インターネットで調べたところ、この付近を腹を空かせた弘法大師(空海。平安時代初期のカリスマ書道家)が通りかかったとき、子供から栗の実をもらったのだそうな。その善行に感謝した大師が、一年に二度栗の実を結ばせたという伝説から名づけられたという。
もっとも、汗だくでペダルを踏んでいた僕はそんな事をつゆ知らず、平山相太が2点決めたら「二度平山」なんてタイトルでブログを更新してやろうかと、相変わらず無意識にネタ探しをしながら北上を続けた。結果、この預言(?)は的中し、平山大師は栗鼠の園へ潜り込んだ後、一夜に二度までも甘い果実をもぎ取ってしまう…大宮駅を過ぎて、右折。高架橋で線路を越えて数分、ようやく視界に青赤を捉える。残りわずか、ゴールは近い。
最後の直線、氷川神社境内の並木通りを走り抜ける。この一帯だけ、周囲と比して気温が低く、ひんやりとした空気が1時間と少しのドライブで疲れた身体を慰めてくれる。後味よい疲労感を乗せて、無事ナックファイブスタジアムへ到着。愛車をチェーンでガッチリ金網に固定した後、知る人が見れば噴飯もののミーハーグッズである「ブイグテレコム」サイクルジャージを駐輪場で脱ぎ、何食わぬ顔で青赤のレプリカに着替える。準備完了!
何があっても一杯限りと自身に言い聞かせ、生ビールを購入する。コンパクトなサッカー専用スタジアム、設備も新しく、トイレも綺麗で(今日は一杯だけと決めちゃったけど)生ビールがぐいぐいと飲めてしまう、本当にここは素晴らしい、大宮公園。コンパクト過ぎるが故に、選手の入場待機エリアすらないスタジアム。満員の観衆が見守るなか、フェアプレーフラッグにサインをした選手たちがそのまま整列。急勾配の階段上から見守る。
18時。空はまだ明るく、スタンドで何をせずともじんわり汗ばんでくる。蒸し暑い環境でプレーする選手たち。コンディション調整の難しさは、後半、カボレに替わって出場した近藤祐介の足が、投入直後からピタリと動かなくなった事からもうかがい知れた。過酷な連戦だが、城福監督は一人も先発メンバーを変更せず闘いに挑む。「不動の11人」には、しかし疲労が蓄積しているのが、誰の目にも明らか。皆、湿度の壺の中でもがいていた。
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2009年07月20日付
現在の青赤指数=69(△)
■■■■■■■■■■10発狂
■■■■■■■■■■20絶望
■■■■■■■■■■30暗鬱
■■■■■■■■■■40不安
■■■■■■■■■■50平常
■■■■■■■■■■60希望
■■■■■■■■■□70幸福
□□□□□□□□□□80歓喜
□□□□□□□□□□90熱狂
□□□□□□□□□□99絶頂
◎上昇要因:
・「二度平山」で消耗戦を制す(△1)
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