ギャップ(後篇)
4点必要な名古屋、1点で「片づく」東京。特殊な矯正が入った眼鏡で試合を眺めみる、そんな物珍しい感覚。塩田仁史を襲ったオープニングショットで肝を冷やしたが、東京は平時と変わらぬサッカーを展開できていた。メンバーが替わっても…と手放しで賞賛するのは危険かもしれない。核であり、軸であるCB二人と梶山陽平の存在あってこその磔と土台。このうち誰が欠けようともレヴェルを保つ事ができたら、いよいよ本物なのだが。
半死半生の赤鯱に引導を渡すチャンスは十分過ぎるほどあった。しかし、カボレが、赤嶺真吾が、代わる代わるブレーキペダルを踏み続ける。アスファルトを焦がす軋んだ音が、サポーターたちの歯ぎしりとシンクロした。前がかりにならざるを得ない敵のライン裏を突くのが常套手段。プラン通りのカウンターからトドメをさそうとした東京だったが、カチリ冷えたシャンパンボトルのコルク栓は、すぐに抜けそうで、なかなか抜けなかった。
思い描いていた「絵」と、画面越しに伝わる現実の差違に戸惑い、やがて焦れはじめる。ケネディが“あの長身にして、あの足技”を披露した時間帯から、潮目が変わる。微かな希望を見いだした名古屋が、逆襲に転じた。ここから先は、モチベーションという分銅を使っての天秤あそび。なりふり構わぬ勢いが乗り移ったようなヘディングで、再び失点。ディスプレイを見上げる人々の首が固まり、口が開きはじめた。天秤がグラリと傾いた。
一攫千金を夢みる者の勢いは恐ろしい。残り時間はまだまだある。あと1点奪われたら、いよいよとんでもない事になる。徐々に浮き足立つバーのフロア。僕もじっと座っていられなくなり、テーブルから離れて、立ったまま遠く横長のディスプレイを凝視し続けた。準備万全だったシャンパンボトルは、閉栓されたまま放置され、瓶の表面に無数の水滴が付着していた。一滴、また一滴、その水滴が冷汗となり背中を伝い、僕を不安にさせた。
序盤に勝負を決められていたなら、おそらく切られる予定のなかったカードだったのではなかろうか。石川直宏・平山相太を「消費」せざるを得ない選択を迫られた、城福監督。はたしてこの二人が見事クローザーとしての任務を全うする。『そんなに力む事ないよ』そんな言葉が聞こえてきそうな、自然な振る舞い。赤嶺が競い落としたボールを奪って、鋭いクロス。右足を合わせるだけ。角度こそ違えど、再びマイナスのボールからの一撃。
短期間で見事なる変貌を遂げたグランパス。補強はケネディのみならず、ブルザノビッチなる選手までも獲得。外国人枠無視の贅沢な散財かと思いきや、ケネディはアジア枠での獲得という(羨ましい?)事実を再認識させられた。10月に瑞穂で再会するときは、またまったく別のチームになっているのだろう。そんな新生・名古屋へ期待を膨らます瑞穂の住人たちのハートにチクリ、冷たい夏の思い出を。平山のDeja VuなゴールでGAME OVER。
少し気の抜けた音をたて、瑞穂の夜空にコルク栓が舞う。吉祥寺も息苦しさから解放された青赤者たちの歓声に包まれた。何度も繰り返されるその映像、ゴール裏のカメラが捉えた得点シーン。“そこにいた”平山も見事だったが、ようやく揺れたネットの前で、天を見上げて一息つく鈴木達也の、安堵と疲労が入り混じる表情が印象的だった。涼しい顔で見事に結果を残す二人。先発に定着する者の「凄み」を、さらりと見せつけてくれた夜。
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最上級のハッピーエンドとはいかなかった。理想と現実の狭間にあるもの。それが先発と控えとを分かつ「何か」だとすれば、石川と平山が漂わせる風格が頼もしくもあり、また少し不安にも感じる。ガッチリと固定された「現在の11人」だが、硬直化したものは脆く折れやすいのも事実。晩夏の準決勝では残念ながら、飛車角落ちでの闘いを強いられる。二兎を追う権利を保持する城福東京、実りの秋に向け求められるは、さらなる底上げだ。
【2009年ナビスコ杯準々決勝第2戦】 名古屋グランパス(2-1)FC東京 ※名古屋市瑞穂陸上競技場
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2009年07月31日付
現在の青赤指数=69(△)
■■■■■■■■■■10発狂
■■■■■■■■■■20絶望
■■■■■■■■■■30暗鬱
■■■■■■■■■■40不安
■■■■■■■■■■50平常
■■■■■■■■■■60希望
■■■■■■■■■□70幸福
□□□□□□□□□□80歓喜
□□□□□□□□□□90熱狂
□□□□□□□□□□99絶頂
◎上昇要因:
・2004年以来の準決勝進出(△2)
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