2012年3月23日 (金)

Memories of Brisbane

FC東京■景気動向指数「アジア烈風篇」ブリスベン旅記

月曜日。いつもより早く仕事を切り上げてオフィスを出る。スタッフに『お知らせしていたとおり、明日は休暇を頂きますよ』という言葉を残して。高速道路に乗り自宅とは逆方向に向かう。空港は街の北方に位置する。夕方の渋滞が始まる直前、順調だ。その道はオーストラリア・ブリスベンへと通ず。

水曜日。遅延なく運航してくれたシンガポール航空に感謝しつつ空港に降り立つ。ヒゲが伸びているが、普段から無精しているのでこれが物的証拠として疑われる事はないはずだ。他方服装はシャレにならない。青と赤と短パン。オフィス近くにあるスポーツジムで着替える。「密行」終了の瞬間だった。

金曜日。『宿泊先が空欄のままです』人事担当部が電話をかけてきた理由はこれだった。プライベートの旅行でも国外に出るときは申請・報告するのがルールになっていますので。会社人である以上、それに異論を唱えるつもりはない。でもよくみて、フライトスケジュール。どうみても0泊3日でしょ?

『えっ?あっ…たしかにそうですね、でも、ブリスベンですよね?何しに行ってきたんですか?』さすがに人事部宛申請フォームに「目的」欄は設けられてない。しかしここで黙秘を決め込んでもなんら得する事はないので、僕は胸を張り毅然とした態度で回答した。一言『歴史を見届けるためです』と。

あれほど内緒にしておいてねとお願いしてたのに(嘘)ポポヴィッチ監督自らオオヤケにしてしまったので、ブリスベンにおける素敵な遭遇体験について、書き残させて頂きたいと思う。結論から書くと僕はポポさんと「お茶した」という事になる。お茶したというのは、即ちしばし談笑したという事だ。

僕は単なるいち市民、いちサポーターである。アマラオさんについては僕なりに熱く語れるが、鏑木さんになると下を向いてしまう。選手と個人的に交流してよろしくメカドックしてしまうような玄人ではない。ただ、人様より多少行動的で、図々しいところがある。「お茶」した原因は偏にここにある。

0泊3日の弾丸ツアー。そもそも宿無しの僕がホテルにいる事自体が不自然なのだ。それでも「便意」は万人に共通の生理現象。どうせなら綺麗なトイレでと、市街地にある高級ホテルに足を踏み入れたのがトリガー。便意以外にいくばくかの「恣意」が入り交じった行動であった事を、僕は否定しない。

トイレの個室の床が水浸しになってないだけでありがたい。イスラム圏外にいる事実が、はるばる遠征してきたのだという旅情をかきたててくれた。ついでにTシャツも着替えて、僕はホテルの中を散策。客室層のひとつ下の階(即ちここから上にはキーがないと入れない)のラウンジで行動を開始する。

まずはコンセントを拝借して携帯電話の充電。さらに堂々とスタッフさんと談笑、そしてコーヒーを頂く(セルフサービスなのである)。素敵なホテルだね、次にブリスベンを訪れたときもここに来たいな。怪しい者ではありませんよビームを発しつつ、ギリギリの線で嘘だけはつかないよう気をつける。

そのラウンジの大きな窓から見下ろす位置に、屋外テニスコートがあった。空中庭園ならぬ空中庭球場である。見慣れたコーンがセットされていて、明らかにテニス用でないボールが転がっていて、見覚えのあるジャージを着用した土斐崎コーチがジョギングに勤しんでいた。己の便意と直感に感謝した。

それでも練習が始まるまでラウンジに潜伏していたわけではない。青赤仲間と別の場所で待ち合わせして、コアラだのカンガルーだのを食べに…否、見物に行く予定になっていた。コーンとコーチだけ眺めて、僕はそのままホテルを出る事にした。結果この潔さが大きな幸運を導き寄せてくれた事になる。

正直なところ朝の散歩に出かけた選手の誰かには遭遇できるのではないかと期待していた節はある。日本を離れて久々の「東京」。こんな異国の地で憧れの選手たちと会えるなら、そりゃもう、決して安くはない航空券を買ったご褒美くらいの感覚でいてもバチはあたらんでしょう、そんな気持ちだった。

特に私的大注目の「彼」に会えたら、頑張って下さいなんて単調な声掛けに留まらぬよう、より具体的なコメントも準備していた。一緒に山道を歩いたとき貴方の頭上に岩が降ってきたら、僕は咄嗟にどう呼べば?アーリア危ない!ですか?ジャスール逃げろ!それとも…長谷川ああっ!なんですかね?

結局噂のHAJ(長谷川アーリアジャスール)を目撃する事はできなかったが、HAJ(長谷川アーリアジャスール…二度続ける必要はないので以下注釈抜きでHAJと記す)を超えるセレブリティーとの対面を迎える。期待の新指揮官ランコ・ポポヴィッチその人である。エスプレッソを飲んでいた。

ポポヴィッチさんは、メインロビーにあるカフェスペースで、通訳の塚田貴志さんと打合せしていた。ラウンジ階から乗ったエレベーターの扉が開くと、眼前にその姿が見えるのである。それが前田敦子なら堂々無視する自信があるが、ポポヴィッチさん(または篠田麻里子さん)ならそうはいかない。

話し掛けたのが日本語だったか英語だったか、記憶にない。普通に緊張して、過度に腋の下に汗をかいていたはずだ。お話のところ申し訳ありません…から始まって、握手してもらって、少しだけ言葉を交わして、ついでに手相なんかも見てもらって。ここまでは小平でも見慣れた景色だったであろう。

『まだ大丈夫、練習が始まるまで一緒に話しましょう』お忙しいところ失礼しましたと退散せんとした矢先、ポポヴィッチさんは自らが座るソファシートを手のひらで叩き、隣に着席するよう促してくれたのだった。徳永悠平の神業ループシュートに匹敵するサプライズが、雷の如く僕の背筋を貫いた。

いいんですか?思わず正面に座る通訳の塚田さん(年末にはシドニィ・シェルダン以来となる「超訳」ブームを巻き起こしているはずだ)に確認してしまう。大丈夫ですよと答えてくれた塚田さんであったが、それが監督コメントの翻訳なのか自らの意思に基づく発言なのか、質問する勇気はなかった。

『お水を下さい』これしか言えるわけがない。すぐ横に座るポポヴィッチさんにメニューを見せられ何を注文するかと問われて、ストロベリー・パフェを注文できるくらいなら、きっと僕は今ごろ違う世界で違う人生を歩んでいる。ところがさすがは高級ホテル、たとえ「お冷や」だろうと有料なのだ。

ユーゴスラビアのパルチザン・ベオグラードでデビューした後各国を渡り歩いたサッカー選手、そして十年以上に渡りオーストリア・セルビア・日本で監督としてのキャリアを積んだ、近未来その評価が約束された世界的名将に、僕は「金を払わないと飲めない水」をご馳走になってしまったのである。

タオルでぐるぐる巻きにして持ち帰ったミネラルウォーターの空瓶を眺めながら(花を挿して部屋に飾るのだ)僕はポポヴィッチさんとの会話を思い出す。英語も日本語も堪能な彼とは、まったくストレスを感じずにコミュニケーションをとる事ができる。単純ではあるが、これは大きな発見であった。

家族の話から仕事の話まで。緊張感が舌の回転を倍速モードにする。インドネシアとACLというキーワードだけで昨シーズン「崩壊してないほうの大阪」が同地で予選を戦ったねと、話が展開したのには感心した。業界・現場の人なら当然かもしれないが、そこまでご存知かとなんだか嬉しくなった。

ブリスベンに帯同しなかったルーカスと梶山陽平については、特にターンオーバーを意識しているわけではなく、純粋に各々のコンディションをみての判断だったと(どこまで本当かわからないけど)そんな企業秘密?をいち素人にあっさり教えてくれなくてもいいのにとドギマギした事を憶えている。

小さなスーツケースひとつ、替えのシャツと下着を1セットずつ。当然カメラだなんてシャレたものは持参してない。ラウンジで充電したばかりの携帯電話のカメラを使って一緒に写真を撮って頂く。ダブルブラボーでハイチーズというヤツである。これに飽きたらず突拍子もないお願いをしてしまう。

愛用の「オリバーピープルズ」ブランドのサングラス。「オーシャンズ12」でブラッド・ピットが使用したモデルである。何を思ったか、僕は歴史的なACL初戦を目前に控えた監督に、このサングラスをかけてもらい写真を撮るという暴挙に出てしまうのである(オマエ本当に緊張してんのかよ)。

気軽に了解し、親指を立ててフレームに収まってくれる気さくな紳士。かくしてこの瞬間、ポポとブラピと僕が一線で繋がり、サングラスは一気にプレミアムアイテムと化した。練習が始まる。エレベーターから現れたのは渡邉千真。笑顔で出迎えるのが、いつのまにか登場の阿久根社長なのであった。

一生懸命応援します、勝利を期待してます。ゆっくり握手をして『それではスタジアムで会いましょう』と、笑顔でポポヴィッチさんは去っていった。ぼんやりその後ろ姿を眺めながら、僕は夢うつつの状態でどこかフワフワしていた。ポポヴィッチさんが部屋のキーを忘れていった事に気づくまでは。

テーブルの上に放置されたカード型のキーを手にあたふたする僕であった。大変だ、クラブの関係者に渡さなければ。ところが視界に入る関係者が阿久根社長おひとりだけという、これまた異常な状況に直面する。「社長に拾得物を届けてもいいだろうか」かつてない状況判断を求められる事になった。

幸いにも阿久根社長は懐の深い御方だった。キーを預かってくれたうえに御挨拶そして握手までして頂いた。もちろん『どちらの御関係の方ですか?』と、限りなく丁寧な言葉を選びながらの不審者捜査も。経営者として当然の対応である。僕は正直に答えた。『兄のポポが大変お世話になってます』。

コアラもカンガルーも僕の心には響かなかった。ポポヴィッチさんの知的で奥深さを感じさせる人柄に魅了されて、もうそれだけで胸がいっぱいだった。谷澤達也そしてHAJのゴール、ついでにスタジアム入口で手荷物検査をしていた金髪の美女スタッフを目撃したときだけ、心の針が激しく動いた。

東京を愛しつつ東京と離れたままの生活がもうしばらく続く。距離に心乱されるときもあれば、その距離のおかげで愛深まる事もある。第三国での久々の再会、それを彩る最高のサプライズ。ブリスベンの地に滞在したわずか16時間は、いつまでも色褪せぬ思い出として僕の胸に刻まれる事であろう。

強い雨が降り続けたのが幸いだったか、FC東京のアジア初戦勝利を告げるホイッスルが鳴り響いた後も、スタンド前列には人もまばらなスペースが空いていた。足取り軽くピッチ方面に向かって階段を下りてゆく。ポポヴィッチさんは屋根のないベンチの裏で、地元ファンとの記念撮影に応じていた。

青赤の縦縞が眩しい勇者たちの凱旋。やがて勝利監督が歩を進む。大きな声をかける必要のない距離だった。僕に気づいたポポヴィッチさんが歩み寄ってきてくれた。固く握手を交わし、親指を立てる。最上級の幸福感に満たされながら、スタンドを振り返る。あたり一面、笑顔の花が咲き誇っていた。

FC東京■景気動向指数「アジア烈風篇」完…次回「ミドルイースト砂嵐篇」でお会いしましょう

【2012年ACL第1節】 ブリスベン・ロアー(0-2)FC東京 ※ブリスベンスタジアム

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