See you(後篇)
ゆらり、ゆらり。スタジアムが揺れていた。後半ロスタイム、95分にして均衡を破った石川直宏の右足。スクリュー回転のかかったボールがゴール右隅に飛び込んだ直後からしばらく、僕は呆然と立ち尽くしたまま、その場に居合わせる事ができた喜びに浸っていた。ズンと身体の芯を突き上げる喜び、久々の感覚。中毒性に満ちあふれた甘美なる時間。ふと周囲を見回すと無数の「ゆりかご」がこの日の英雄を出迎えていた。青と赤のゴール裏。そのゆりかご一つひとつが小さな船に見えた。
およそ半年ぶりの観戦となった。一週間の出張で日本に戻った僕は、権謀術数を駆使して(即ち嘘という嘘をつきまくって)水曜の夜だけは死守していた。場違いなスーツケースをゴロゴロ転がしながら、底冷えのする三ツ沢の坂を横浜駅方面へと下る。いつのまにか父親になった男、そしていつのまにか東京に戻ってきた男。見慣れぬ大きな背番号をつけたルーカスがナオを抱き上げる光景が、近くて遠い不思議なものに映った。ゆらり、ゆらり。試合後もなお、緩やかに揺さぶられていた。
クラブ初の7連勝。これで「昇格」が大きく近づいたのではないか。脳裏をよぎる思いが、決して楽観的なものではないよなと自問自答した。冷静だ、まだアルコールも入ってない。油断していた事もあって服装が気候にマッチしてない、つまり相当寒いので頭も冴えている。下り坂で加速するがままの四輪に身を委ねた。駅前の居酒屋では仲間たちが祝勝会を始めているはずだ。美味い酒に美味い肴、損得勘定抜きで語らいあえる老若男女。日常に「東京」がある喜びを、久々に噛み締める。
幸せだ。
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ご無沙汰しています。激動の2011年もあと少しで終わろうとしています。「期限付き移籍」後唯一の観戦、アウェー・横浜FC戦。意図して「揺れる」という言葉で表現させて頂きました。まだまだ余震の続くなか、まずは単身で海外転勤が決まり、その後家族が合流するまで見えない不安と背中合わせの日々を送った数ヶ月。震災に直面した方々とは比較にならないものの、僕の人生にとっても大きな変化が生じた一年でした。そんななかでのナオゴール。最高に幸せな「ゆらり」だったのです。
週末からJが、東京が消えました。芝の上でボールと戯れる事に変わりないですが、そのボールはずいぶん小さくなり、クラブは「ふりまわされるもの」から「ふりまわすもの」へと。出場機会が激減したレプリカユニフォームを、練習場で着用しています。救世主が選んだ「49」は今の僕にとって実に大切な指標となっています。ハーフをこれでまわれば「100」を切る事ができるから。右からの攻撃一辺倒になってしまうのは、かつての原トーキョーを想起させる、僕の癒し系スライスゴルフ。
インターネットの回線速度も遅くて、たまに「拾う」事のできる試合のライブ動画も、コマの粗いパラパラ漫画程度のもの。息子用の「教材」としてはDVDへの依存度が高くなってしまいます。昨シーズンのレビューは永久に開封しないと心に決めているため「2009年ナビスコ杯決勝」「スピードスター」の二本立てがお決まりのパターンに。米本拓司のインタビューと石川直宏&塩田仁史の焼肉屋トークが息子のお気に入り。はたして本当にサッカーが好きなのかどうかは微妙なところです。
いや、サッカーは好きですね、プラレールと同じくらい。アパートでも、旅行先のビーチでも、ボールを蹴って遊ぶ「おにいちゃん」を見つけては、積極果敢に輪に加わっていく。言語の壁を越えて楽しく遊べる・遊んでもらえる。大切な何かをそこで得ているはずです。ヨネのレプリカを着て、ナオのサイン入りボールでシュートを決めてはそこら中を走り回る。右の人差し指を立ててアピールする姿は、完全にナビスコ杯決勝・平山相太のコピー。小さな体内に青赤色の血液が流れています。
J1昇格、J2優勝、いずれの場面にも立ち会う事ができませんでした。覚悟していたとはいえ、もどかしい思いでいっぱいで、平たく言ってしまうとショックでした。己の知らぬところで東京がどんどん先に行ってしまう。球際に強い、勝負どころで負けない。どうなってるんだ東京?今野泰幸が「シャー」を披露した。いったい本当にどうなってるんだ東京!遠距離恋愛のもどかしさに通ずる焦燥感を、積み重ねる毎日。よりいっそう魅力的になった姿を、はるか遠方から眺めるだけの僕。
『いつか「一緒に」浦和に勝とうねって…そう約束したじゃないか!』
西京極の地にて絶望の縁にたたき落とされてから一年。大事な時間を新しい社長のもと(四苦八苦しながらも)クラブ一丸となって盛り返してきた様子は、それでも十分伝わってきました。組織としての風通しもよく、新たな試みに挑む姿勢がサポーターにも好意的に受け止められている模様、なにより。勇退が決まっている大熊監督には改めて声を大にして御礼を伝えたいです。小平で息子にのど飴をくれた事もそうですが、何よりも浦和に勝ってくれてありがとうと。浦和に勝ってくれて。
元旦を国立競技場で迎えるのは、大きな夢のひとつでした。浦和に勝つのみならずまさかその願いまで叶ってしまうとは、しかも自分のいないところで。そういえば大熊トーキョーの躍進が始まったのも、僕が日本を離れた後の話だし…ひょっとしたら僕はもうクラブに必要とされていないのではないか。嗚呼、距離が原因で離別してしまう恋人たちの気持ちが少しだけわかります。「twitter」がそんな不安を打ち消すための架空社交ツールだったりします。思った以上に大切な玩具なのです。
月並みな言葉ですが「元旦国立」の夢を皆さんに託します。一緒にカウントダウンをしたかった。一緒に千駄ヶ谷ホープ軒で年越し蕎麦を食べたかった。一緒に寒中飲んで騒いで風邪ひいて三ヶ日を棒にふりたかった。一緒に、一緒に。列島を東へ西へ、精力的に飛びまわって選手たちを鼓舞した青赤者各位に、大切な仲間たちに、改めて敬意を表します。お気づきでないかもしれませんが「イナゴ」たちの活躍は「それでもなお豊かなニッポンの象徴」として、海外でも広く報じられています。
趣味を超えた何か。喜怒哀楽を捧げる事ができる何か。人生と重ねあわせる事ができる何か。東京は僕にとってかけがえのない宝物。南半球で、おそらくうっすらと汗を浮かべながら新年を迎えます。世界遺産に認定された寺院の向こうから昇る初日の出を拝むのが今回の家族旅行の趣旨です。およそ2時間遅れになりますが、遠く東方、聖地・国立競技場に向けて祈りを捧げます。FC東京、そしてFC東京に関わるすべての人々にとって幸福な一年、否、喜びに満ちた人生となりますように。
このブログの最終回タイトル「See you」には願いが込められています。
アジアでお会いしましょう。
Kota Yogyakarta, Indonesia

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