サヨナラの街

何故に、豊田スタジアム。瑞穂運動場まで歩いて行けることが魅力のひとつで選んだ借家だったが、結果的に3シーズンで一度しかその恩恵に与ることはできなかった。この日は義父の命日。3年前のあの日、赤道直下の国で暮らす身にも名古屋の夏は異様に厳しく思えたものだった。奥様の実家近くで墓参りをした足でそのまま愛知環状鉄道で豊田へ向かった。皮肉にも、今回ばかりは瑞穂よりも豊田のほうが交通の便が良かったことになる。

社会人になって国内の地方生活は初めてだった。「トチ」「イエ」を巡る将来設計に裕度を与えてくれる価値観(換言するとインターネットとイオンモールさえあれば首都圏と大差ない生活ができるという平民的達観)を学ばせてくれたことに感謝している。しかしながら、将来再びこの地への帰還を望むかと問われると返答に窮する。住めば都とは言うものの、赤道直下の国に抱いた愛情と愛着に似た感情が湧くことは、残念ながらなかった。

名古屋生活最後になるであろう「ホームなのにアウェーなグランパス戦」。両軍均衡した好試合とテレビ中継では総括されていたが、実際にスタンドから見守った身にはお互い粗雑な作業が目立つ前半45分と映った。土壇場に東京がマークのミスからミドルシュートを撃たれ、GKが弾いたボールを流し込まれる。既視感に満ちた流れを経て許した先制点、そしてスタジアム内で生ビールを販売していないという事実が苛立ちに拍車をかけた。

泥流に飲み込まれた土堤のように、世界は脆く不安定な事象で形成されている。時間をかけて築き上げてきたものが、呆れるほど簡単に崩れてしまう。変わらぬ外見、されど変わり果てた内実。いったい何処でボタンを掛け違えたのか。無数の「if」を呪文のように唱えながら自己弁護を試みても、ズタボロになってしまった自己肯定感の再形成には時間を要する。だから人は何かに縋(すが)り、祈る。思い出したくないことを思い出しつつ。

人生とフットボールを重ねあわせるのは悪い癖だ。「何も良いことが」見つからない日常から逃げ出すため「何か良いことを」求めてスタジアムへ足を運ぶ。決して褒められたものではないが、内に籠るよりは外へ救いを求めるほうが幾分健康的だと理屈をこねる。やがて(ようやく)思考と視線をピッチ上に集中することができるようになった。後半開始まもなく切られた最初の交代カード、中島翔哉がピッチに送り込まれて風向きが変わる。

この日初めてフットボールを観た人でも、彼が「そのエリア」でのプレーを得意としていることがすぐに把握できたはずだ。左サイドから内に切れ込みながら放たれるシュート。一度、二度と楢﨑正剛の攻守に阻まれるも、バッテリー残量で優位に立つ背番号39はその後も精力的に動き続けた。そして訪れたその時間、三度同じ方角から描かれた弧線が今度こそゴールネットを揺らし、スタジアムに居合わせたすべての人々の感情を転覆させた。

一瞬にして沈黙に支配されるホーム側スタンド。これが僕が見る名古屋の情景、最後の一コマとなった。もっと好きになれたなら、もっと複雑な思いで見届けたであろう景色を、僕は悲しいほど渇いた気持ちで眺めていた。笑いもせず、怒りもせず、淡々と受け容れるべき結果として受け容れていた。3年前の夏には想像できなかった3年後の夏。中島翔哉の躍動を記憶に残して季節は過ぎ、やがて東京は秋を迎え、そして名古屋は冬を迎える。

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